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The Conquest of Origin

The Conquest of Origin-タイトル文字

はじめに

The Conquest of Origin(オリジンの征服)- と題されたこのコラムは、アレン・バーニー(Allen Varney)氏によって、2005年10月11日、オンライン・ウェブ・マガジンThe Escapistに掲載されたものを、管理人が氏の許可を得て、ここに翻訳し、掲載するものです。
掲載にあたって快諾いただきました氏に心より感謝の意を述べるとともに、このコラムによって多くのUOプレーヤーがゲームの隠された真実に触れてくれることを願ってやみません。

場所は1980年台後半のゲームコンベンション会場のバー。語ったのは今、このタイミングでは疑いようもなく匿名を希望した、コンピューターゲーム会社オリジン社の幹部である。

エレクトロニック・アーツ社(以下EA)の創始者、ウィリアム・M・ホーキンスIII世(トリップ・ホーキンス)が畏怖される理由は?この幹部が語ったところによれば、EAはコンピューターゲームビジネスに勝つために、優れたゲームを生み出すのではなく、競争相手のビジネス能力を意図的に妨害し、競争相手が優れたゲームを作ることを妨げるからだと言う。一例を挙げると、EAは取るに足らないつまらない訴訟をオリジン社に対して起こしている。非常に高くつく示談を強いられたオリジン社の幹部は、トリップ・ホーキンスになぜ、訴訟を起こすことにしたのか問うと、彼は答えて言った。「これはビジネスだよ。我々が勝つための手段に過ぎない。」
さらに、EAはマーケティングがすべての組織であった。ホーキンスの質問は常に、このゲームは「どのように良いのか?」ではなく、「どうやって売るのか?」であった。芸術性を重んじ、修道僧のように崇高な精神を持って、「ウルティマ」や「ウィング・コマンダー」シリーズを生み出してきたオリジン社の幹部らにとって、ホーキンスのスタンスは神への冒涜に等しかった。
「ウルティマ」シリーズのデザイナーであり、オリジン社の創始者の一人であるリチャード・ギャリオット(ウルティマシリーズのなかではロード・ブリティッシュとして知られる)は、「ウルティマVII」(1992)の登場人物にEAを対比させている。エリザベス(Elizabeth)とアブラハム(Abraham)はプレーヤーたちにとって一見、役に立つ仕事をする。しかしEとAはプレーヤーを罰するガーディアンと手を組んでいる殺人者であることが明らかになる。ガーディアンの邪悪な発電機を作動させるものは□、○、△の物体(EAの旧ロゴ)であった。
参考画像:EA旧ロゴ
EA旧ロゴ
やがて、「ウルティマVII」のこの比喩は予言であったことが明らかになる。1991年、ホーキンスは3DO社(後に倒産)設立のため、EAを去る。翌1992年、オリジン社は極度の財政難に陥り、EAに買収された。しかし、オリジン社はその魂までは決して売らなかった。むしろ、EAはオリジン社を制圧するために、じわじわと痛みを伴う12年の歳月をかけねばならなかった。この悲しい物語は後に、MBA(経営学修士)を取得しようとする学生のケーススタディにもなった。

なぜ、オリジン社は売られなくてはならなかったのか?

時代の夜明けを象徴するかのように、オリジン社は1983年に設立された。リチャード・ギャリオットは高校時代から、彼のベッドルームでBASICでコーディングしたゲームをジップロックに入れて販売し、既に成功していた。ギャリオットは家族の援助を得て、オリジン社を7万ドルで設立した。ギャリオットと兄弟のロバートは、徹底したゲーム設定と、創造的な展望と拡張を重んじた文化を会社に築いた。会社は"We create worlds(世界を創る)"というスローガンを掲げた。
オリジン社のプロジェクト・ディレクターであったステフェン・ビーマンは振り返って言う。「オリジンの基本理念はディレクターのビジョンを絶対に遂行することだった。我々にはモットーがあった。"ゲームはわずかに発売が遅れるが、永遠に利益を生む"。プログラマーの命やスケジュールや予算に及ぼす影響なんて度外視してね。」プロジェクト・チームはビーマンのドクトリンを継承した。「眠るのは弱いやつらだ。」
プロデューサーのウォレン・スペクター氏はオリジン社に1989年から1996年まで在籍した。「いつも僕らは純粋に世界を変えようとしていたように思う。そこには切り口を変えて何か新しいものを創造しようとする空気があったし、それは信じられないくらいエキサイティングだった。そして何よりもそれは質の良い仕事へと僕らを駆り立てた。」
従業員らはそれぞれのゲームを経験の場と捉えた。リチャード・ギャリオットは新しいウルティマ・シリーズをそれぞれ開発するとき、以前のシリーズからコードを引用することは一切せず、マップ・エディタやその他のツールについてもゼロからコーディングしなおした。
ビーマン曰く、「我々はゲームにどうあってほしいか、というビジョンからスタートした。それはしばしば映画などからインスピレーションを得たものだ。そしてそれを実現するためにがむしゃらにやるんだ。ルーカスアーツとかidとかの会社が"何が可能か"から始めて殺人ゲームなんかを作ったのとは対照的だ。自分たちのビジョンがウィング・コマンダーIやIIのように、リーズナブルな時間内に達成可能だとわかればそれはホームランになったが、達成できないとわかれば、開発は翌年かそれ以降まで、ハードウェアの開発がそれを可能にするまで引き伸ばされたものだ。」

問題はこのような創造世界がたくさんのディスク容量を必要とすることであった。

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