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はじめに

ea_spouse(EAの配偶者)は正確には、フリーブログサービスLiveJournalのアカウント名ですが、広くは2004年11月10日、このアカウントによってLiveJournalに投稿された、「EA:ザ・ヒューマンストーリー」というタイトルのブログ記事そのものを指します。
EAの勤務実態に鋭く警鐘を鳴らしたこの記事は、当初匿名で投稿され、内外で多くの反響を呼びます。2006年4月、残業代の支払いを求めたEAのソフトウェア技術者らによる集団訴訟が、EA側が1490万ドルを原告側に支払うことで決着すると、原告の一人であるリーンダー・ハスティ氏のフィアンセであるエリン・ホフマン氏がブログ作者として明るみに出ます。この判決は業界の勤務形態の変化を促す画期的な判決となり、その他のゲーム出版社や、ゲーム業界以外のソフトウェア会社にも多くの影響を与えました。
二人は現在結婚し、ニューヨークでデザイナーとプログラマーとして働きながら、監視機関Gamewatch.orgを設立、業界の労働問題に継続して取り組んでいます。
なお、本記事の掲載および再配布にあたりましては、Creative Commons deedに従うものとします。

EA:ザ・ヒューマンストーリー

‐私の大切な人はEAの従業員です。そして私は不遇な配偶者です。-

EAの輝かしくも新しいスローガンは「チャレンジ・エブリシング(何事にも挑戦)」これが意図するところがはっきりしない。たったひとつのフットボールゲームを次から次へと大量生産することが、挑戦するということだと私には到底思えないし、単なるマネー・ファーム(お金の牧場)に聞こえる。EAの幹部の誰かがこれを読むことになったら、私こそあなた方によく挑戦していると言えるだろう。富のためにまい進するあなた方の背後の人々の、安全で適正な労働が行われているかについてはいかがなものか?

私はここで匿名を通すことにする。なぜなら、私が明るみに出ることによって、家族の身に何が起こるかについて、私はいささかの幻想も抱いてはいないからだ。しかし一方で私たちのストーリーをシェアすることについて、私はまったくしりごみしていない。私はこの話が際立って目立つには、EAと雇用関係にあるエンジニア、アーチスト、デザイナーたちの間であまりにも普遍的だということを知っているからだ。

私たちとEAの冒険の始まりは、一年も前のことではない。私のパートナーが働いていた小さなゲームスタジオは、大きな出版社のファウルプレイの末、破綻した。よくある話のひとつに過ぎない。EAは雇用を申し出、給与は妥当で、社会保障もよかったので、パートナーはそれを受けた。私はEAが彼に、面接のなかでこう聞いたことを覚えている。「長時間働くことについてどう思う?」仮にもゲーム業界であれば、数えるほどのスタジオしか、締め切りの土壇場(クランチ)を切り抜けられないことはわかっていたし、それについて特別思うことはなかった。「長時間働く」ことについて詳細を求めたとき、面接官は咳き込んで次の質問の説明に移った。私たちは今なら、それがなぜなのかがわかる。

数週間のうちにプロダクションは「穏やかな」クランチへと加速して行った。週6日、一日8時間働いた。悪くない。本物のクランチが訪れるのはまだ数か月も先のはずだったし、チームはこの「プレ・クランチ」は終盤に向かって大きなクランチが来るのを防ぐためだと聞かされていた。この時点でスケジュールはまったく予定どおりであったし、クランチに至る要素はないように思えた。何人の開発者がEAの残業時間についての説明を信じていたかはわからない。私たちは新人だったし、状況もわからないまま従ったまでだ。プロデューサーはなおもデッドラインを提示し続け、クランチが終わるとされる具体的な日付も示したが、タイトルの出荷日はそれよりもはるかに先であったし、安全だと思われた。その日が来て、去った。そして来て、また去った。次の知らせがもたらしたものは、休息どころか更なる督促であった。週6日、一日12時間、朝9時から夜10時までの労働が始まった。

数週間が過ぎた。プロデューサーらは再び、意味のないクランチが終わる日を示した。その期間もプロジェクトは常にオンタイムで進行していた。長時間労働のツケはチームにまわってきた。皆いらいらしだし、何人かは病気になった。時にチームは2、3日の間、集団でドロップアウトする者があったが、間もなく平静を取り戻し、再び勢いよく仕事にとりかかった。プロデューサーは勤務時間が元に戻る日について、語ることすらしなくなっていた。

今、この時こそが「本物」のクランチのようだった。このタイトルのプロデューサーは実に巧妙に、チームを常に時間より前に追い立てるよう仕組んだ。現在の通常勤務時間は週7日、午前9時から午後10時までになっていた。休みはごくたまに支給されるサタデーナイトオフ(土曜日の午後6時半から)だけだった。平均労働時間は週85時間に達していた。長時間労働にチームの疲労が重なって引き起こされるおびただしい数のミスや、はるかに無駄なエネルギーの消費についての訴えは無視された。

ストレスはさらなる代償を伴う。何時間かの労働の後、目は焦点を失い、たった一日の休みと何週間かの労働の後、疲労は急激に蓄積し始める。週に2日休みがあることにはちゃんと意味があるのだ。それがカットされてしまえば、肉体的、情緒的、精神衛生上も悪影響を及ぼす。チームは取り除けば取り除いただけの弱点も、急速に取り込み始めた。

極めつけはこの仕打ちのうえに、a)残業手当なし、b)代休なし、c)傷病やバケーションのための追加休暇もないというものだった。時間ばかりがいたずらに過ぎる。さらに、EAはかって、代休をプロジェクト終了後の数週間の休暇という形で支給すると申し出たこともあったが、これを実施しないとし、従業員にも期待してはならないと宣言した。また、そこにはさまざまなゲームのプロダクションが散在していたため、従業員のなかにはほかの部門と統合することで問題をうやむやにされるのではないかと懸念する者があった。EAの返事は、それについては極力ないようにするが、保証はできないというものであった。信じられないことだが、EAはそれぞれのチームを体力の限界まで追い込み、それに対して何の対価も与えなかった。代休はこの業界にあって不可欠である。しかし、EAは一会社組織として、その措置を最小限にしたいと考えていた。代休を抑えるにはクランチをなくすことだが、この残忍なクランチは数か月にも及んでおり、代休のだの字も聞くこともなく、この仕打ちを終わらせるための手立ては本当に何もなかった。

このクランチはいわゆる小さなスタジオのクランチとも違っていて、つまりそれはプロジェクトを破綻から救うための緊急性のある行為ではなかった。常にプロジェクトはスケジュール通りに進行していた。クランチはプロジェクトを早めもしなければ、遅らせることもなかった。それが実際の商品にもたらす影響は皆無だった。残業時間は意図的で計画的だった。管理側はやっていることについて何をやっているかをちゃんと理解していた。わたしの愛する人は夜遅く帰宅し、取り去ることのできない頭痛と、慢性化した胃の不調を訴えるようになり、私の支えである優しい微笑みはどこかに行ってしまった。

ゲーム業界で働く誰もがやっていることが好きでなければ働かないだろう。誰もが粗悪な商品を出したいとは思っていないはずだ。私の心は、このチームの一人ひとりが輝かしく、素晴らしく才能にあふれ、偉大な何かを生み出すことが可能であると思うにつけ痛んだ。彼らはタイトルの成功のために、一生懸命働くことを厭わなかったはずだ、しかし、その意思も濫用されるだけだった。驚いたことに、EAは2003年度フォーチュン誌の働きがいのある会社ベスト100の91位に選ばれているのだった。

EAのスタンス‐事実これはカンパニー・ポリシーの一部でもあるのだが、それは「いやなら、ほかで働け。」であったように思う。実際わたしは複数の上司にこの言葉を何度か聞かされた。あきらめるか、黙って去るか。これがEAの人材に対するポリシーの核心部分であった。論理も、慈悲も、知性という概念ですら、一人の労働力を最大限にするために、公正さの入り込む余地はなかった。EAがゲーム業界でゴジラの足音を轟かせ続けるために、従業員が自らの存在を、健康を、才能を犠牲にするつもりがないのなら、ほかへ行けと。

しかし、そんなことができるだろうか?

EAとその他の巨人、ヴィヴェンディ、ソニー、マイクロソフトらが組んでのマンボは、数多くのゲーム開発ビジネス集団を破壊、あるいは吸収してきた。前時代に幸運を築いたわずかな独立スタジオ、ブリザード、バイオウェア、Idなどはまだ生き残っていたが、2004年には急速で広範囲におよぶゲーム出版社の合併が相次ぐなか、あまたの小さなゲームスタジオが倒産した。これはゲーム業界で働く誰一人として経験したことのない出来事だった。もちろん、新興ソフトウェアの開発のただなかへだろうが、いつの時代も才能ある者が外へ出て行くことは選択肢のひとつではあるけれど。

問題を整理するため、私なりに考えをまとめてみた。もし、EAが本当に従業員をここまで追い込む必要があると信じてやっているなら(実際のところそれはないだろうと思っているが)、それはクランチの結果に大企業ゆえの非効率性が加わった、バランスの悪い運営の結果である。ならば、解決策はより多くのエンジニア、アーチスト、もしくはデザイナーを雇用することであるはずだ。そこに従業員に週90時間の労働を強いるという選択肢があっていいはずがない。ほかの産業であれば、問題の会社は一切の対策を講じる間もなく訴えられているだろう。マッデン2005は発売後の最初の週末で6500万ドルを売り上げた。EAの年間歳入はおよそ25億ドルに上る。この会社は金に窮しているわけではない。その労働実態について言い逃れはできない。

興味深いのは、ほとんどの従業員が思い込みのもとでサービス残業を行っているということだ。残業時間が話題に上ると、誰からともなく「適用除外」を口にする。彼らはソフトウェア・プログラマーを含む、特定の「専門家」である従業員に対して残業手当の支払い義務を免除すると推定される、カリフォルニア州法を引用してくる。上院議案88である。しかし、上院議案88は、エンターテイメント産業には適用されておらず、テレビ、映画、演劇産業が明確に特定されている。さらに、ソフトウェア業界に至っては、その免除においてさえ、年間9万ドルの支払いが義務付けられているのだ。わたしはEAのほとんどの従業員がこの適用を受けていないと断言できる。ゆえに、この習慣は非論理的であるばかりでなく、違法であると言わざるを得ない。

私は自分たちの置かれた状況を見るにつけ「なぜここに留まるのか?」を自問する。そして、もはやそれはありえないという結論に至る。もし、EAで働くことがこのような結果になると知っていたなら、私たちは最初の時点までさかのぼり、その場から遠く離れることだろう。ここへ至る道すべては欺瞞に満ちていた。そこには約束があり、保証があり、高価な水槽が置かれた大きくてきらびやかなオフィス・ビルがあった。今となってはすべてが従業員を、プロジェクトが出荷されるまでの間だけ、つなぎとめておくための周到な計画に思える。そして彼らは必要とあらば、決して守られることのない約束を、嬉々として聞き入れる新たな一団を雇い入れる。EAのエンジニアの定着率はおよそ50%である。これがEAのメカニズムである。今これらの事実は私たちの知るところとなり、今こそ行動を起すときではないか?これはすべての人々に起こりうることである。しかしこれだけでは十分ではない。私たちの特定の状況に限らず、このような「ビジネス」は正しいものではなく、人々に知らしめるべきであり、それが今日、私がこれを書いている理由である。

もし、私がEAのラリー・プロストCEOと電話で話すことができたなら、いくつか聞きたいことがある。「あなたの給料はいくらなの?」と聞くのは単なる好奇心からに過ぎない。私が本当に知りたいことはこうだ。ラリー、あなたはあなたの従業員たちに何をしてるかわかってるわよね?あなたは彼らが体力的に限界があって、感情があって、家族がいる人間だってことをわかってるわよね?声であり、才能であり、ユーモアのセンスであり、そのものだってことをわかっているわよね?あなたが私たちの夫たちを、妻たちを、子どもたちを週に90時間もオフィスに閉じ込め、憔悴しきって、抜け殻になって、人生に失望した彼らを家に送り返すとき、あなたが傷つけているのは彼らだけじゃない、彼らを取り巻くすべての人々、彼らを愛するすべての人々を傷つけているんだってことをわかっているわよね?あなたがあなたの収支計算をしてる間、あなたはその支出が生身の人間の尊厳でまかなわれてるってことを知っているんでしょ?

知っているわよね?

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